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名古屋地方裁判所 昭和47年(行ウ)8号 判決

原告 寺部一三

被告 豊川市

右代表者市長 山本芳雄

右訴訟代理人弁護士 影山正雄

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「被告は、原告に対し、別紙図面の公道中A点からB点に至る間約三五〇メートルの公道に安全施設を設置せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、別紙図面のA点からB点に至る斜線部分は、被告の管理にかかる道路である。

二、原告は、愛知県豊川市平尾町糠川六八番の一三、山林二一一歩および同所六八番の二七、畑一反歩の二筆の土地を所有するものであるが、原告が肩書住所地から右各土地に至るには、前記道路を通行しなければならない。

三、訴外株式会社東洋カントリークラブは、昭和三五年ごろ同市糠川六八番地の土地を買受け、同所でゴルフ場を開設した。その結果、前記道路はゴルフコース内に含まれることとなったので、ゴルファーの打つ球が道路を通行する原告の身近に飛来するようになりその通行が極めて危険な状態となり、通行を妨害するに至った。

四、ところで、被告は右道路の管理者として、道路法四二条に基づき、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もって一般交通に支障を及ぼさないようにつとめなければならない責任があるにかかわらず、被告は、訴外会社の原告に対する前記通行妨害の事実を放置し、何らの措置もなさず、違法に原告の右通行権を妨害するものであるから、同法四二条、四四条に基づき、請求の趣旨記載の道路に最小限度六ヶ所のフェンス(高さ三メートル、幅三メートル以上)をもって建設する待避所を設けるとともに、被告は公道であることを明示し通行人に対し危険な行為をしてはならない旨の注意の標札を立てる等安全施設を設置すべきことを求める。

五、また、本件道路がゴルフコース内に含まれるに至ったため、原告所有の前記二筆の土地は、囲繞地となったので、民法上の囲繞地通行または入会権に基づく立入通行権に基づき本件道路の妨害排除のため被告に対し、前項記載の安全施設の設置を求める。

(請求原因に対する認否および被告の主張)

一、請求原因一、二の事実は、すべて認める。

二、同三の事実中、訴外会社が原告主張のころ、その主張する場所でゴルフ場を開設したこと、その結果、本件道路がゴルフコースに含まれるに至ったことは認める。

三、被告がその管理にかかる本件道路の維持、修繕、保管行為をなすべきは当然であり、自然的危険に対しても適切な対策を講ずべき義務を負担するが、いかなる対策を講ずべきかは行政庁たる被告の責任においてその自由な判断により決すべきものであって、個人が行政庁を相手として裁判所に対し積極的に作為を求めることは許されないから、本訴は失当である。

四、また、原告の所有にかかる二筆の土地は、いずれも山林(一筆は、地目は畑なるも現況は山林である。)であって、原告は、伐林したことや下刈り等の手入れをしたこともなく殆ど右土地に行くこともない。また、本件道路は原告一人が使用するのみでゴルフコースを横切るについても通常の歩速で三、四分を要するにすぎず左右の安全をよく注意すればたりることであり、現に今迄通行の危険が発生したこともない。

他方、被告において、原告の主張するフェンスによる待避所を設置することになれば、数百万円の経費を要するし、ゴルフ競技は不可能となるので、原告一人のためにかかる施設の設置を求める本訴請求は、権利の濫用であって許されない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告がその主張する二筆の土地を所有し、肩書住所地から右各土地へ行くためには、被告の管理にかかる本件道路を通行しなければならないことは、当事者間に争いがない。

二、ところで原告の本訴請求は、原告の通行する本件公道が訴外株式会社東洋カントリークラブの経営するゴルフ場内にあるため、ゴルフの打球が飛来することにより交通の危険が生じ、原告の通行権が妨害されるとの事実に基づき、道路管理者たる被告は、右危険を防止すべき法律上の義務があるから、本件公道上に適切な安全施設を設置することを求めるというに帰着する。

而して原告の本訴は、行政事件として給付判決を求めるものであることは明らかであるが、本件訴訟物の性質上、原告の被告に対する公法上の権利義務に関する当事者訴訟であるのか、抗告訴訟としての所謂義務づけ訴訟であるのか判然としないけれども、右何れの場合においても、訴の前提として、原告たるべき者に対し、被告行政庁において公法上の法律関係に基づく何等かの権利義務が有るかないかが先ずその要件とされるものである。

そこで判断するに、道路は一般公衆の用に供されることを本来の性質とする公共用物であって、何人も、他人の共同使用を妨げない限度で、その用法に従い、許可その他何等の行為を要せず、自由にこれを使用することができるのである。しかし、右の自由使用は道路が一般交通の用に供された反射的利益としてこれを享有するものであり、別に公法上の権利としての使用権が与えられているわけでなく、利用者は公道の使用についてその管理者との間に公法上の法律関係に立つものでないから、単に通行人たる同人の資格において、管理権者に対し道路の危険防止のため安全施設の設置を求める具体的な権限を有するわけでない。従って、原告において本件道路の占用使用権のあることについて何等主張立証のない本件において、被告に対し原告主張の安全施設の設置を求めることは許されない。たとえ一般利用者は道路が各自の日常生活上諸般の権利を行使するについて欠くことのできない用具であるところから、右利用者にとって生活に支障を及ぼす道路妨害をなすものがある場合、右通行の自由は私法上保護するにたりる生活利益を有するものであるとして、右生活利益の侵害を理由に右妨害者に対し、妨害排除等の民事訴訟を提起しうるからといって、そのことの故に直ちに道路管理者に対し公法上の管理権の発動を求めうることを可能にするものでない。従って本件道路を生活上通行する者が原告であるとしても、また、原告の主張する通行権がその主張どおり民法上の入会権、囲繞地通行等に基づくものであるとしても、被告に対し何等かの公法上の給付請求権があるとの論拠たりうるものでない。

なお、原告は道路法四二条、四四条等に基づき安全施設設置義務のあることを縷々主張するけれども、右各法条は道路管理者の管理権限の具体的内容について定めるものであって、右権限の行使は、公益的見地より、先ず管理者の責任と判断においてなさるべきことを明らかにするものであり、個々の道路利用者に対しその権限の行使義務を負担するものでないことも明らかである。

三、以上のとおり、原告の本件訴は前記何れの場合であるとしても、ともに原告たるべき適格を欠くものというべきであるので不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官 樋口直)

〈以下省略〉

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